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無くならない児童虐待、親子の置かれている環境とは

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新年早々、とても悲しい事件が起こりました。責めるべきは虐待していた父親ですが、その責任は社会全体にものしかかっています。
幼い子どもに、声をあげろというのはとても酷です。
ですが、大人には声をあげるという選択肢があります。それに伴う強さも、持ち合わせているはずです。それを恥やプライドが邪魔し、今回のような悲しい事件が起こってしまうのです。
親子だけではなく、社会全体で児童虐待を防ぐためには一体なにができるでしょうか。

児童虐待を取り巻く環境とは?児童相談所は何をしている?

先日、こんな悲惨なニュースが飛び込んできました。
10歳女児死亡 虐待か 父親を傷害容疑で逮捕 /野田市
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190128-00010003-chibatelev-l12

父親が娘を虐待死させるという悲惨なニュースは、現在も多くの波紋を呼んでいます。
児童虐待のニュースは時より耳にする事件のひとつであり、多くの人が救済に関する声をあげています。大人は「逃げ出す」という手段を取ることができても、幼い子どもにその選択肢はありません。
なぜ、子どもを虐待する事件は減らないのでしょうか。その根本には、いったいどんな問題点が潜んでいるのでしょうか。

近所付き合いがなくなったこと、他人に非干渉である現代の日本

昔の日本では、近所付き合いがとても大切にされてきました。世間の目を気にするという言い方をしてしまえば、面倒に感じる部分も多くなります。
ですが一方で、世間の目は時に幼い命を守ることにも繋がっていました。近所のお節介なおばさんのおかげで、児童虐待を早期に知ることもできたのです。
東京のような人口密度の高い地域では、隣に誰が住んでいるかも分からないのが「普通」です。引越しの挨拶をすることが逆に犯罪を助長させる事態を招くなど、安全とはいえない状況になっています。
また「ハラスメント」や「モンスタークレーマー」のような存在が増えたことで、危機を察しても関わることを避ける人も増えました。本来であれば正しいことをしているのに、間違った人を恐れて、正しさを貫けないのが現代の日本です。
昔が全てよかったわけではありませんが、どの子どもにも毎日笑顔で暮らす権利があります。
両親がいて自分の家で暮らせても、虐待されていることは果たして幸せと言えるのでしょうか。逆に、両親はいなくても施設で安全に暮らしていることは、不幸せなのでしょうか。
既婚、未婚、子どもの有無に関わらず、大人たちが手を取り合って、子どもについて真剣に考えるときがきたのかもしれません。

児童相談所は基本的に、家族を守ろうとする組織

2017年の児童虐待相談件数は、前年比で1万1203件も増加しています。トータル13万件以上の虐待に関する通報、相談が寄せられているのです。
児童虐待件数というのは通報を受けた機関が、通報に対して何らかの措置を取った件数です。虐待の通報のみで終わらずに何らかの措置が取られたと考えると、幼い子どもを多く救えたともいえます。
ですが、そもそも虐待自体が減らなければ、喜ばしいこととはいえません。傷付いたものをいくら救えても、傷付くこと自体がなくならなければ、傷付く子どもは増えていくだけです。
「児童相談所」は、基本的に家族を守るための福祉組織です。虐待を確認しても、両親の態度や生活環境を経過観察し、自分の家で家族と暮らすことをベースとしています。
しかし、そのベースが原因で死に至る事件も多く、児童相談所の組織改革が必要であるとの声もあがっています。
2008年4月に「2007年改正児童虐待防止法」が施行され、児童相談所は裁判所の許可状に基づき、臨検・捜査が可能になりました。警察を通さずに児童相談所が介入できるようになったにも関わらず、2016年には児童虐待によって77人(心中28人)の幼い命が亡くなっています。

そもそもなぜ、自分の子どもを死ぬまで虐待するのか?親の心理とは

どの親も、それぞれのやり方で子どもを育てています。それが間違いか正解かが分かるのは、子どもが成人したずっと後のことです。あの子にとっては正解だったことも、この子にとっては間違いだったというように、正解も不正解もありません。
それでも「手をあげてはいけない」というのは、どの親も理解していることではないでしょうか。力では絶対に勝てないと分かっている相手を痛めつけるのは、思慮の足りない人間のすることです。
確かに、殴れば子どもは黙ります。言うことを聞くでしょうし、殴られたくなくていい子になるかもしれません。
ですが、親子が「恐怖に支配された関係」というのは、親の望んだ結果といえるでしょうか。愛も優しさもない関係を、正解というのは疑問を感じます。

子育てはとても閉鎖的、虐待する親に隠された心理とは

虐待する親には、2つの特徴があります。ひとつは外面がいいということ、ふたつ目は息を吐くように嘘をつくことです。
千葉10歳女児の虐待に関しても、これらの特徴が当てはまる結果となりました。
虐待した父親は近所から「好印象」だったようですが、家では幼い子どもを虐待する「鬼畜」でした。そして娘が学校へ行かないことを、のらりくらりと嘘で誤魔化してきたのです。
子育ては、とても閉鎖的な環境で行われています。あの子にとって正しいことも、自分の子どもに当てはまるとは限らないからです。
身体的にも精神的にも、育ち方には個人差があります。他人と比べることは極力せず、自分の子どもにとって何が1番かをどの親も考えています。それ故に自分が正しいと言い切れず、相談することもできない環境があるのです。

分からないことを分からないままにしない強さが、親には必要

筆者は、あまりいい子どもではありませんでした。警察に補導されることも度々あり、両親と殴り合いの喧嘩をしたこともあります。
そんな子どもに育った私を見て、周囲は両親を責めました。両親のやりきれない気持ちは私へ向かい、溝は深まっていくばかりでした。
なにが正しくてなにが間違いかを決めるのは、親と子どもです。介入するべきは家族であって、他人ではありません。ですが、命に別状がある場合は別ですよね。
時には、親子だけでは解決できない問題が起こります。第三者の意見を聞くことで、見えてくる解決策もあります。
そんなとき親としてのプライドを捨てて、ひとりの人間として学ぶ「謙虚さと強さ」がなければ、悲惨な結果は繰り返されるだけです。
本来、保護、治療が必要なのは、子どもではなく親の方かもしれません。子どもの回復力は目を見張るものがありますが、長い時間をかけて形成された人間の心理を改善することは、とても難しいものです。
児童相談所は子どもを守ることから、親の意識を変えることに重点を置くべきではないでしょうか。

まとめ

幼い子どもに逃げ出す、助けを求めるという選択肢はありません。恐怖心でいっぱいの10歳の子に、なぜ声をあげなかったのかというのは残酷すぎるのではないでしょうか。
子どもを守ることは必要ですが、意識改革が必要なのは親の方です。
どの大人も違和感をそのままにするのではなく、傷付いている人を救えるチャンスかもと違和感に頼ることも必要です。自分の保身ばかりに走るのではなく、いつでも、どんな相手にも、思いやりと自信を持てる人間でありたいものですね。