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今週にも「強行採決」か?!・・・維新案の十分な審議を求める

 安倍政権は、今週にも、国民の8割が「理解できない」「わからない」としている安保法制を、「強行採決」する構えでいるらしい。こうした憲法改正に匹敵する国の根幹に係る政策について、「問答無用!」と数の力で押し切ろうとする姿勢に、空恐ろしいものを感じるのは私一人だけだろうか。

 思えば、これもそれも、すべて「清和会政権」という、21世紀に入って頂点に立ち続けてきた「自民党亜流政権」のなぜる技だと私は思う。森、小泉、安倍、福田、そして、また安倍と、見事なくらい、この国の、この十数年の政治を支配してきた。

 私も官僚として、政治家として、35年以上、この永田町の、日本政治の姿を直に観察、経験してきた身だが、保守本流、戦後の自民党政権、いや日本政治の本流だった、宏池会や経世会が主導していれば、こうした「強権政治」は招かなかっただろう。

 私は、その経世会、旧田中派の橋本龍太郎総理にお仕えした身だが、その、権力を持っている者ほど「謙抑的」に、という政治姿勢には感銘を受けたものだ。かの後藤田正晴元官房長官も、警察庁長官という、いわば権力の頂点に立ったからこそ、その権力の行使には「抑制的でなければならない」という心情を、色濃く持っていた方だと思う。権力を握った者ほど、その権力行使の「恐さ」も知っていたということではないか。

 情けないのは、こうした、本来、戦後、日本の政治を主導してきた宏池会や経世会に、今や、その自負、矜持がみられないことだ。選挙制度が変わり、小選挙区制になり、党の執行部の権限、差配が大きくなった結果、そうでなくても小粒になった自民党議員がそれに抵抗できなくなった。昨今の、安倍官邸や自民党執行部の「言論統制」に声が上がらなくなった自民党の内情に思いを馳せれば、このことは想像に難くないだろう。

 維新の党は、「自民でもない民主でもない独自路線」だ。「反対のための反対」の野党でもない。「国民にとって何がベストか」、それだけで政局や政策を判断する唯一の政党だ。従来の、永田町べったりの「国対政治」からは、審議拒否戦術や欠席戦術を安易にとろうとしない維新の党に、永田町雀(政治マスコミ)からは、「やれ自民すり寄り」だ、「閣外協力」だ、いや、いすれ「自民との連立」だ等々とかまびすしい。

 はっきり言っておくが、維新の党は、その綱領で「政治理念や基本政策の一致を前提に、改革勢力を結集し、政権担当可能な一大勢力の形成を目指す」という、政党としての基本路線を明確にしている。そう、国民に何をする政党か、その旗印を政策で示し、その旗印の下に、志を同じくする議員が集う、「この指とまれ」再編を基本としているのだ。「自民すり寄り」も「民主との合併」もない。だから、この安保法制についての対処方針も、維新案についての十分な審議を求め、「国民にとって何がベストか」だけを考えて決めれば良い。

 維新の独自案は、先週、「違憲の政府案に代わる合憲案」として提出された。日米同盟を基軸に憲法の範囲内で国を徹底的に守るという考えに基づいた案だ。小林節教授他何人もの専門家は、改めて政府案は違憲であるとした上で、維新案の「武力攻撃危機事態」は、「個別的自衛権の行使とみなされ合憲である」との認識を示してくれている。

 「領域警備法」という法案では、平時において、日本の領海の安全を守るために海上保安庁、そして自衛隊の総合力、お互い連携をとって日本の海の安全を守っていく、その具体的な手順を定めている。政府は、この一番の喫緊の課題について、法的な対応は全くせず、自衛隊と海上保安庁の連携を密にすれば足りると、もう何十年も前から言っていることでお茶を濁している。

 「自衛隊法等改正案」では、我が国に直接の武力行使の危険が迫っているという事態であれば、「坐して死を待つ」わけにはいかない、昨今の核・ミサイル技術の進展によって、次の瞬間、国民の生命や領土に戦火が及ぶ可能性が高いのであれば、それに対し武力で反撃することは我が国憲法の下でも許されると、維新の党は考える。ただし、それは、あくまで「武力攻撃」に至るか否かが判断の重要な基準であって、安倍首相がこだわる、ホルムズ海峡での機雷封鎖で石油の輸入が途絶えるといった経済的理由だけでは認めるべきでない。この点が政府案と決定的に異なる点だ。

 政府の「存立危機事態」は、その要件が極めて曖昧であり、そしてまたその判断は、政府自らが必要だと判断するときに自衛隊による武力行使が行われるという仕組みで、国民から見れば何らの歯止めがかかっていない。その意味でも憲法違反の疑いが拭えないと我々は考えている。

 維新の「武力攻撃危機事態」は、条約に基づいて、我が国周辺の地域において、我が国の防衛のために活動している外国軍隊に対して第一撃があったという場合に、その攻撃が我が国に対する武力攻撃に発展するという明白な危険があるという、そういう時に限って、自衛権の行使を認めるものだ。

 また、維新は、日米安保を基軸に、東アジアの平和と安全に責任を持っていく、そういう方針と、しっかりとした戦略を持っている。 その意味で、現行の周辺事態法を維持し、そして安保条約に基づく日米連携は強化していく。しかし、安倍政権のように、自衛隊を地球の裏側まで派遣するようなことはすべきではないと考えているのだ。
 

 「国際平和協力支援法案」ついては、維新は、国連の授権決議があった場合のみに派遣を限定している。「国際社会の一致した取組み」と言うためには、国連安保理決議、しかも、武力行使を容認する憲章第7章に基づく決議でなければならない。武力行使との一体化を回避する「非戦闘地域」という今までの制約も維持し、弾薬の提供や空中給油も断じて認めない。

 最後に、大事なことだが、これまでイラク特措法などで、日本は「人道復興支援」を積極的に遂行してきたにもかかわらず、今回の政府案からはこれが削除されている。国際貢献の分野では、日本が最も得意とする人道復興支援に、引き続き注力していくことは当然のことで、維新の案では、これを国際貢献の重要な柱として残すことにしていることを付言したい。